補体とは
補体は、自然免疫や獲得免疫に関与するタンパク質であり、生体防御において重要な役割を担います。
補体
- 補体(complement)は、約120年前に抗体の働きを補助する血清タンパク質として発見されました1。
- 生体防御に働くシステムであり、主要な補体因子は1~9の番号を付したC1~C9(Complement 1~9)で表されます2。
- 活性化カスケードと呼ばれる一連の連鎖反応によって、さまざまな補体タンパク質が切断されて活性型の分解産物になります1。
- 分解産物の分子量が小さいほうに「a」、大きい方に「b」が付されます2。
補体は、ヒト血清タンパク質の5%を占めており、血液中や細胞膜上の30種類ほどのタンパク質から形成されています1。
補体の3つの働きと補体活性化経路
補体の3つの働き3
①異物の標識
微生物などの異物と結合して、貪食細胞の標的としての目印をつけます(オプソニン化)。
②貪食細胞の動員
マクロファージや好中球を局所に集積させます。
③殺菌作用
微生物の細胞上に膜侵襲複合体(MAC)を形成し、細胞膜に穴をあけて破壊します。
補体は異物を認識して3つの補体活性化経路を活性化し、C3転換酵素の形成を行います。
補体の3つの働きと補体活性化経路
MAC:膜侵襲複合体
井上徳光 和歌山医学. 2020; 71(4): 129-137.
若宮伸隆 日本補体学会. FOCUS補体シリーズ. 2018; 2-5.より作図
3つの補体活性化経路
補体活性化経路には、古典経路、レクチン経路、第二経路があり、カスケードによって活性化します。
3つの補体活性化経路は反応開始機序は異なりますが、すべての経路で❶~❸の順に反応が行われます。
- ❶C3転換酵素を形成し、C3を分解します。
- ❷C3の分解産物であるC3bがC3転換酵素と結合してC5転換酵素となります。
- ❸C5転換酵素が、さらなるC3、C5の活性化を促進します。
このC5の前までを、近位補体経路と呼びます。C5以降は、古典経路、レクチン経路、第二経路で共通であり、終末補体経路と呼ばれます。
細胞膜上でC5の分解産物であるC5bに、C6からC9が結合することでMACを形成し、細胞膜に穴をあけて破壊します。
3つの補体活性化経路
CRP:C-reactive protein、FB:Factor B、FD:Factor D、FP:プロパージン、MAC:膜侵襲複合体
井上徳光, 他. 日本臨牀. 2022; 80(11): 1706-1712.より改変
古典経路・レクチン経路と第二経路の違い
補体を活性化させる原因や異なるメカニズムにより、古典経路・レクチン経路と第二経路の性質には違いがあります。
- 古典経路・レクチン経路には異物特異的な認識機構が存在しますが、第二経路にはなく、常に活性化する環境にあります
- 第二経路はC3bを新たなC3転換酵素に作ることができますが、古典経路・レクチン経路ではできません
井上徳光 和歌山医学. 2020; 71(4): 129-137.より作図
補体第二経路の2つの特徴
①Tick-over
血漿中のC3は、常に少しずつ加水分解を受け、活性型のC3(H2O)となります。
これがB因子と結合し、常に活性型として存在するD因子の作用を受けるとC3転換酵素であるC3(H2O)Bbが形成されます。
C3がH2Oと反応することにより、FBと結合して新しいC3転換酵素を形成する。血漿中のC3はH2Oに囲まれており、常に活性化する環境にある
井上徳光 和歌山医学. 2020; 71(4): 129-137.より改変
②増幅経路
補体活性化経路で形成されたC3転換酵素は、C3をC3aとC3bに分解します。C3の分解産物であるC3bにB因子、D因子、プロパージンが作用し、新たなC3転換酵素を形成します。
C3転換酵素はC3を次々と分解してC3bを形成し、増幅経路として働きます。
何らかの理由で増幅経路の制御が失われると、C3転換酵素が無制限に形成されることにより、大量のC3bが形成され、体内に蓄積される可能性があります。
FP:プロパージン
古典経路やレクチン経路によって形成されたC3bを新たなC3転換酵素にできる性質をもっている
井上徳光 和歌山医学. 2020; 71(4): 129-137.より改変
補体による異物の破壊
3つの補体活性化経路によって形成されたC3bには、2つの作用があります。
①貪食細胞による破壊を誘導するためのオプソニン化
C3bは補体制御因子の働きによりiC3bなどに分解されます。iC3bは異物に結合し、目印となり(オプソニン化)、マクロファージなどによる貪食を促進します。
②膜侵襲複合体(MAC)形成による異物の破壊
C3bは3つの補体活性化経路で形成されたC3転換酵素と結合して、C5転換酵素を形成し、終末経路の活性化に働きます4。
終末経路では、C5転換酵素はC5をC5aとC5bに分解します。細胞膜上でC5bに、C6からC9が結合することで、MACを形成し、細胞膜に穴をあけて破壊します3。MACは、淋菌や髄膜炎菌などのグラム陰性の莢膜形成菌を破壊し融解します。
補体による異物の破壊
FP:プロパージン、 iC3b:失活したC3b、
MAC:膜侵襲複合体
井上徳光, 他. 日本臨牀. 2022; 80(11): 1706-1712.
若宮伸隆 日本補体学会. FOCUS補体シリーズ. 2018; 2-5.より改変
補体の活性化と制御の仕組み
補体の活性化と制御のバランス
補体は、通常、活性化機構と活性化を制御する機構が微妙なバランスの上に成り立っています。
補体疾患では、補体の活性化機構と活性化を制御する機構のバランスの破綻がみられます。
補体疾患は、補体の視点で大きく3つに分類されます。
①補体を活性化できない疾患
補体の活性化因子の欠損により補体が活性化せず、感染症などに対して脆弱になります。日本人では終末経路の欠損症が多く、無症状であることが多いです。肺炎球菌や髄膜炎菌、淋菌などの感染症にかかりやすく、再発や重症化しやすいという特徴があります。
②補体の活性化によって組織傷害を引き起こす疾患
補体活性化を引き起こすような原因が存在する疾患と、活性化を制御する機構が破綻する疾患があると考えられます。前者には重症筋無力症、ギラン・バレー症候群、視神経脊髄炎スペクトラム障害、後者には発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)、非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)、遺伝性血管性浮腫(HAE)などがあります。
③補体を含むタンパク質複合体が蓄積する疾患
血液中で過剰な補体の活性化が引き起こされ、その補体を含むタンパク質複合体の処理ができなくなる疾患が知られています。疾患は成因によって2つに分類されます。
- 補体活性化を引き起こすような原因が存在する病気
全身性エリテマトーデス(SLE)などがあります。 - 補体制御異常によって、過剰な補体活性化の結果、タンパク質複合体が蓄積する疾患
C3腎症、加齢黄斑変性(AMD)などがあります。
補体の活性化と制御のバランスが崩れた時、補体に起因する疾患が発症する
井上徳光 和歌山医学. 2020; 71(4): 129-137.
補体レセプター
補体レセプターは、主に好中球やマクロファージなどの白血球や赤血球上に存在し、補体の分解産物と結合して補体の働きに関与します。
C3レセプターであるCR3、CR4、CRIgは主にマクロファージなどに発現します。これらのレセプターは異物と結合したC3分解産物であるiC3bと結合し、オプソニンとして働き、貪食を促進します。
C3とC5の分解産物のC3aとC5aは、アナフィラトキシンとも呼ばれ、補体レセプターを介して、ヒスタミンの分泌を促進して、血管透過性を亢進します。
また、C3aやC5aは、C3aレセプターやC5aレセプターに結合することで、白血球を局所に動員して炎症を引き起こします。
補体レセプターの特徴
CR:補体レセプター、iC3b:失活したC3b
若宮伸隆 日本補体学会. FOCUS補体シリーズ. 2018; 2-5.より改変
補体制御因子
補体活性化経路では、過剰な活性化が起こらないように、補体制御因子によってコントロールされています。
補体制御は以下の2つのアプローチに大別されます。
①C3転換酵素の解離や形成阻害による制御
C3転換酵素は、古典経路や第二経路の分子が会合して構成されます。液相中で活性化を制御しているH因子はC3転換酵素からC3(H2O)やBbを解離させ、C3転換酵素を不活性化させます。また、細胞膜上のCD55(DAF)はC3bとBbが会合するのを阻害してC3転換酵素の形成を妨げます。
②C3転換酵素の構成分子の分解による制御
プロテアーゼであるI因子と補因子のH因子の働きにより、C3bは貪食されやすいiC3bに分解されるため、C3転換酵素の形成が阻害されます。
CD55:Decay accelerating factor(DAF)
井上徳光 和歌山医学. 2020; 71(4): 129-137.より改変
引用文献:
1.堀内孝彦. 臨床リウマチ. 2021; 33: 85-91.
2.若宮伸隆 日本補体学会. FOCUS補体シリーズ. 2018; 2-5.
3.井上徳光 和歌山医学. 2020; 71(4): 129-137.
4.井上徳光, 他. 日本臨牀. 2022; 80(11): 1706-1712.
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シリーズ動画 補体疾患を学ぶ 監修:和歌山県立医科大学 分子遺伝学講座 教授 井上徳光 先生
疾患情報
古典経路
古典経路では、以下の❶~❸の順に活性化します。
- ❶免疫複合体(IgM/IgG1/IgG3を含む)をC1複合体が認識して活性化します4。
- ❷C1複合体によって、C4とC2が順次活性化され、異物表面にC3転換酵素(C4b2b)が形成されます。
- ❸このC3転換酵素が、C3をC3aとC3bに分解します。
抗体非依存的に、異物に結合したCRP、アポトーシス細胞などを認識して活性化し、除去する事ができます。
CRP:C-reactive protein
免疫複合体(IgM/IgG1/IgG3を含む)を認識して活性化する
井上徳光, 他. 日本臨牀. 2022; 80(11): 1706-1712.より改変
レクチン経路
レクチン経路はマンノースやN-アセチルグルコサミンからなる糖鎖をマンノース結合レクチン(MBL)、フィコリン、コレクチンが認識し、マンノース結合レクチン関連セリンプロテアーゼ(MASP)と複合体を形成することで活性化します3。
MASP:マンノース結合レクチン関連セリンプロテアーゼ、
MBL:マンノース結合レクチン
マンノースやN-アセチルグルコサミンからなる糖鎖をMBL、
フィコリン、コレクチンが認識して活性化する
井上徳光, 他. 日本臨牀. 2022; 80(11): 1706-1712.より改変
第二経路
第二経路は特異的な認識機構がなく、C3がH2Oと反応することにより、新しいC3転換酵素を形成します。血漿中のC3はH2Oに囲まれており、常に活性化する環境にあります(Tick-over)。
古典経路やレクチン経路によって形成されたC3bを新たなC3転換酵素にできる性質をもっており、増幅経路とも呼ばれます3。
FB:Factor B、FD:Factor D、FP:プロパージン
特異的な認識機構がなく、C3がH2Oと反応することにより、
新しいC3転換酵素を形成する
井上徳光, 他. 日本臨牀. 2022; 80(11): 1706-1712.より改変